princeton.log

Princeton 大学の Department of Computer Science に一年留学する日本人が、学んだことや感じたことを綴ります。

果たして僕は英語ができるようになったのだろうか

火曜日に最後のレポートを提出し、僕のプリンストンでの秋学期が終わりました。少し肩の荷が降りた一方で、秋学期のみで帰国してしまう交換留学生の友人も多く、彼らと別れる寂しさも感じます。
丁度留学も節目を迎えたということで、今日は今自分が思っていることを書こうと思います。テーマは「英語」です。海外に留学する人々を見渡してみると、理由に「英語がうまくなりたいから」というのを挙げている人が少なくないように思えます。確かに、英語でしかコミュニケーションが取れない状況に一年もいればそれなりに英語ができるようになるような気もしますが、一方で「一年程度じゃそこまで変わらない」という人たちもいます。それらを踏まえて、ここまで四ヶ月の留学での自分の変化を考えると、なるほど確かに英語がちょっとうまくなったような気がする一方で、実は何も変わっていないのではないかという不安も覚えます。明確な結論はありませんが、今思い浮かぶことをできるだけ書き連ねていきたいと思います。

日本にいた頃

大体の留学プログラムでは、出願の前に語学のテストを受けて一定のスコアを取ることが必要です。留学生が渡航後にあまりに語学に苦しむことを避けるわけですね。東京大学からプリンストン大学への留学についてもそれは例外ではなく、TOEFL iBT 100/IELTS 7.0 というスコアを出願前に満たす必要がありました。僕はTOEFLでこのスコアを満たしていたので、プリンストンで勉強するのに不自由のない英語力を持ち合わせている・・・はずでした。
TOEFLで証明された僕の「英語力」にはいくつか問題があります。まず、テストの受験から渡航まで時間が空きすぎていたこと。僕がTOEFLを受験したのは2017年の12月、一方でアメリカにやってきたのは2019年の9月。おおよそ2年のブランクがあるわけです。東京大学、少なくとも僕の学部には、残念ながら(幸いなことに?)2年生以降では英語が必要な必修科目がありませんでした。留学の語学要件も満たして安心していた僕は、留学直前の二年間、日常的に英語に触れる機会がほぼありませんでした。
また、留学において必要になるであろう Writing/Speaking の能力がそこまで高くないという懸念点もありました。そもそも僕のTOEFLのスコアは、Reading と Listening で低い Speaking を補うという日本人受験生にありがちな分布をしていました。また、TOEFLの Writing/Speaking のフォーマットはかなり固定されています。そのため、実力が伴っていなくても形式にさえ慣れてしまえば点数が上がるようになっていると個人的には思います。例えばSpeakingで言えば、第一問は必ず「ある意見を紹介され、それへの賛成/反対とその根拠を45秒で考え、15秒で答える」という問題が出ます。僕は「適当な嘘のエピソードをでっち上げてその頭に賛成/反対をくっつける」という練習をひたすらしてこれを突破したため、TOEFLに慣れたという感覚はあってもSpeaking能力が上がったという実感はほとんどありませんでした。
そのツケがいつかまわって来る予感は留学直前からありました。奨学金の為に必要なエッセイを 1,000 words 書くだけで何週間もかかってしまう、試しに英語でポッドキャストを聞いてみても二割もわからない、アメリカに住んでいる従妹にテレビ電話をかけてみると、自分の言いたいことがうまく出てこなくてなんどもフリーズする・・・「このままではまずい」という思いはなんども湧いてきましたが、「俺は別に英語を勉強したり、友達を作る為に行くわけじゃない。アメリカでコンピューターサイエンスを学んで自分の専門性を高めるんだ。」という言い訳がその不安に蓋をしました。

アメリカに来た直後

そんな状態でアメリカまでやってくるとどうなるか。一言で言えば辛いです。
意外なことに、授業にはわりとついていくことができました。授業では先生はゆっくり話しますし、一瞬聞き逃しても目の前の黒板や授業スライドを読めば今の話題がなんなのかがわかります。また、日本の授業とそこまで内容自体が違うわけではないので、日本でやったことをもとに内容を予測することもできます。あくまで僕の意見ですが、日本での平均以上に英語ができて、大学の授業にしっかり出ている人であれば、英語の授業についていくこと自体はそこまで難しくないのかなと思います。
しかし、教室から一歩出るとにかく会話に入ることができません。当たり前のことですが、日常会話で使われる英語はリスニング教材よりずっと速いです。例えば現地の学生と話すとき、一対一であれば相手が僕のスピードに合わせてくれるのでなんとか会話が成り立ったのですが、話す相手が複数人の場合、会話のスピードは彼らの普段の会話のスピードになります。言っていることが5~6割しかわからない上に、もしわかったとしても自分の言いたいことをまとめている間に話題が次に移ってしまいます。僕はわりと喋るのが好きだったので、日本にいるときは友人と喋るのがストレス発散になっていたのですが、こちらにきた直後は逆に複数人で話すたびにうまく会話に入れない自分にストレスをためていました。嫌になって自分の部屋に一日こもって日本語でYouTubeをみていたこともあります。
また、予想外のことが起きると全く対応できません。相手の言っていることが3割くらい聞き取れなくても、なんとなく相手の言っていることを文脈から予想できればその3割を自分の頭の中で補うことができます。今まで経験したことのない場面に出くわすとその補完が効かなくなるので、途端に相手の言っていることを理解するのが難しくなるのです。例えば、こちらに来てから起こったクレジットカードのトラブルを解決するのは本当に大変でした。僕は新しくアメリカの銀行口座とクレジットカードを新しく作ったのですが、どういうわけか自分の支払いを間違えて不正利用報告してしまい、カードが止まってしまいました。なんとかしようと思って銀行に駆け込んだのですが、なにせ日本でも経験したことのないことなので起こったことがうまく説明できないし言われていることもよくわかりません。あげく店舗に行っては「コールセンターに電話をかけろ」と言われ、コールセンターでは「実店舗に行け」と言われ、なんどもなんども銀行と自室を往復したのを覚えています。見知らぬ土地での初めての一人暮らしなので予想外のことはなんども起こるわけですが、その度に何が起こっているかを把握するのに余計な時間がかかり、うまく対応できないことにストレスが募って行きました。

さて、うって変わって今ですが、少なくとも言語を理由に辛さを感じることはだいぶ減ったなあという感じがします。相手が何を言っているか全くわからないことは少なくなりましたし、自分から発言できる頻度も増えました。
その理由は色々あるんですが、一つはただ単にこちらの生活に慣れたことだと思います。大学の施設や授業の名前、その他大学のみんなの共通の話題なんかがわかってきて、話の中身を何となく予想しながら聞けるようになりました。
また、話せない/聞き取れないことにあまり焦らなくなったことも大きいと思います。交換留学生のみんなを中心に、いつも話す人々と仲良くなったので、段々と別にちょっとうまく話せなくてもゆっくり待ってもらえばいいやという気持ちになってきました。また、僕はアメリカ英語以外のアクセントが苦手で、例えばイギリス人の友人と話すたびにうまく聞き取れず申し訳なく思っていたのですが、ネイティブであっても自分の慣れていないアクセントは聞き取りにくいということもわかってきました。友達が「〇〇(イギリス人)と〇〇(イタリア人)が話してたけど、あいつらそれぞれ別々の話をずーっとしてたよ」ということを教えてくれて、別に聞き取れないことを引け目に感じる必要はないんだなと思うようになりました。
一番大きいのは、めちゃくちゃな英語を思い切って書き起こしたり口に出したりする度胸がついたことです。思えばこちらにきたばかりの頃の僕は、できもしないのに「正しい」英語で話すことにこだわりすぎていた気がします。そのため、いざ発言しようと思っても頭の中で単語を探して文章を組み立てている間にそのチャンスが過ぎ去ってしまうことが何度もありました。英語のWritingに鬼のように時間がかかっていたのも同じ理由からでした。
しかし、ここではそれでは生きていけません。迫り来る宿題はちゃんと期限内に終わらせないといけませんし、こんな僕と仲良くしてくれている友人たちともっと仲良くなるためには、とりあえず何かを口に出さないといけません。その結果、別に「正しい」英語を使うことにそこまでこだわらなくなってきました。例えば何かを言おうとして、明らかに和製英語な単語しか思いつかなかったとき。昔の僕は口に出すのを躊躇していましたが、今なら迷いなく口に出せます。なんとなく伝わればそれでいいし、伝わらなかったら時間をとって説明すればいいだけです。
と、こんな状態なので、自分の英語が上手になったのかといわれると正直よくわかりません。僕はレポートを提出前に毎回 Grammarly (文章校正サービス) にかけるのですが、いまだに毎回何十本も赤線を引かれますし、友達と話していて「どういうこと?」と聞かれることも少なくありません。不正確な英語を使うことに躊躇がなくなった分、例えば TOEFL のスコアは2年前より低くなってしまうような気すらします。
それでも、この前イギリス人の友人と学校のカフェで話していたとき、「お前の英語めちゃくちゃうまくなったな!」と言ってもらえました。嬉しかったな・・・4ヶ月前よりちょっとだけ自信を持って、来学期も頑張りたいと思います。
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